【ネタバレ注意】『ジャングル大帝』の中の人間(5)注記

今回の一連の文章は、1970年(昭和45年)刊行の手塚治虫全集『ジャングル大帝』(全3巻)小学館ゴールデンコミックスの内容に依っている。
手塚治虫が過去の作品を単行本化する際に、絵や台詞を一部改変することはよく知られているけど、直近入手した電子書籍版ではそのバージョン違いぶりにびっくり。

特にハム・エッグの過去の逸話とか、ランプとアダムの絡みなど、ほんとびっくり。きっとこの電子版しか読んでいない人は、私の小文じゃ何言ってんのかなぐらい話が通じていないだろう。

【ネタバレ注意】『ジャングル大帝』の中の人間(4)アルベルト・コッホ

アルベルト・コッホはアデン時代のケンイチやメリーの同級生。本の虫で博識な子供だった。A国のコロンビア大学で動物学を学んだ後、アムポロチャ大学のプラス教授のもとで月光石について研究、磁力線の作用で莫大なエネルギーを出すことを発見する。A国探検隊に加わってアフリカへやってくるが、レオたちの動物王国の豊かさに魅了され、月光石探索をやめ、この地に留まって動物学の研究を続けることを選んだ。『ジャングル大帝』の主な登場人物のうち唯一、ストーリーの終了後も物語の中に生きて留まった、つまり、ジャングルの動物たちと共存した人間と言える。比較的目立たない脇役と思われていた人物が、気づくと最も重要な役割を演じている、っていうアレかもしれない。

アルベルトとレオの再会は、月光石探索の序盤。A国探検隊がレオたちの王国に差しかかった頃、ジャングルの動物たちの間では死斑病が流行し、レオの王城でも妻のライヤが死に、娘のルッキオも瀕死の状況だった。探検隊は偶然王城と病獣たちを見つけ、アルベルトは隊員を指揮して動物たちの治療を行う。そこで、レオとアルベルトが興味深い会話を交わしている(以下、一部省略しているが引用)。

レオ「この国へ来たらつまんない好奇心なんか

   やめたまえ

   きみたちとわれわれは対等なんだ

   対等で話しをつけよう。」

アルベルト(病気に罹ったルッキオを見て)

  「ものは相談だがもしなおしてあげれば

   きみはぼくの質問にこたえてくれる

   かい。」

レオ「なおるもんか

   できるだけのことはした…。」

アルベルト「できるだけ?

  フフン、ワラに上へねかせて

  ただ見守るだけができるだけのことか?」

娘を助けることができたら何でも言うことをきくとレオは約束する。アルベルトはレオに「いっとくが絶対口だしをするなよ。」と釘を刺し、ルッキオに血清の注射を打つ。痙攣を起こす娘を見てレオは取り乱し、思わずアルベルトの手から注射器を叩き落とし飛びかかろうとする。そのときアルベルトはレオに向かって大喝する。

「バカーッ!!

 きみは人間の世界でそだったのだろう

 それなのに人間の腕を信じないのか

 それほどきみはぼくたちを

 見そこなってるのかーっ!!」

ムーン山探検も終わり、一人生還して日本へ帰ったヒゲオヤジは、数年後のある日アルベルトから手紙を受け取る。ルネとルッキオが生長して成獣となったこと、ムーン山についてはその後確かめた者もなく、再び伝説の山になりつつあることをアルベルトは伝えてきた。

ヒゲオヤジはひとりごちる。

「ムーン山か……。わしたちはアフリカに勝ったのだろうか

 …それともそれは人間の思いあがりで……。

 アフリカは生きとし生けるものすべてを大自然のふところの中に吸収して……

 いどむ者をゆうゆうと見おろしているのではないだろうか……。」

【ネタバレ注意】『ジャングル大帝』の中の人間(3)プラス教授とマイナス博士

地球の地殻変動の謎を解く月光石を求めて幻の山・ムーン山に挑む科学者二人。

ハム・エッグの案内でドンガ川上流を目指した探検隊だが、ハム・エッグの裏切りや原住民部族の襲撃で、一旦探索行を中止せざるを得なくなる。数年後、月光石に強いエネルギーを発する力があることが発見されると(発見者はケンイチの同級生、アルベルト・コッホ)、世界中に月光石ブームが起こり、列強国は争って月光石探検隊をアフリカへ送ることとなった。A国人のマイナス博士、B国人のプラス教授は、それぞれの国の探検隊に分かれ、ムーン山を目指すことになる。

人跡未踏の秘境で危険な探索行を続けるうち、鉢合わせした両国探検隊。B国探検隊は怪獣との戦いで弾薬を使いつくし進退窮まる。ヒゲオヤジのとりなしもあって(※ヒゲオヤジさん、ケンイチとメリーに再会し共に日本へ還る途中アダムの奸計に巻き込まれて、まーたアフリカへ舞い戻っていた)マイナス博士はB国隊員たちをA国隊に加えようとするが、それを肯んじないB国隊長ロンメル将軍以下隊員たちの対立が続く。このような中、プラス教授とマイナス博士だけが、二人してひたむきに地質調査を続けていた。

オオトカゲの群れに襲われ、ロンメル将軍が毒蛇に噛まれて斃れる。危機一髪のところにレオの旧知のマンモス象「オフクロさん」が現れて、九死に一生を得た両国隊は、A国B国協同隊としてついにムーン山山頂を極める。

標高5000m以上、ヒマラヤ奥地のような過酷な雪嵐の中で、下山途中にも隊員が一人また一人と斃れていく。B国隊に参加していたピエール(子供時代のケンイチのライバル。狡いやつ)は狂気に陥り危険な嵐の中に彷徨い出ていく。プラス教授は重い凍傷を負い、休むよう説得するマイナス博士と言い争った末、夜の間に一人テントから姿を消す。マイナス博士も寒さと飢えのために斃れ、ついにレオとヒゲオヤジだけが、探索行の貴重な記録とともに雪山に残される。

 

【ネタバレ注意】『ジャングル大帝』の中の人間(2)ヴィランズ

 ヴィランズだから悪役だ。手塚マンガの悪役たちは『ジャングル大帝』で出揃ったのでは?というくらい馴染みのキャラクターが出てくる。

 ハム・エッグ

 アセチレン・ランプ

 ダンディ・アダム

 あと悪役ってほどじゃないけどケンイチをライバル視している幼馴染のピエール

あれ?そうか、ロック(間久部緑郎)とスカンク草井は出てこないのか。彼らはもう少し後の時代のキャラなのかな。

ハム・エッグ(メリーの父親)はプロの狩猟家で、アフリカの野生動物を捕らえては荒稼ぎしていた。伝説の白いライオン・パンジャ(レオの父)を仕留めた代償に、原住民の酋長の頭飾りのダイヤを手に入れたハム・エッグは、また大儲けできるとほくそ笑む(パンジャの妻エライザはこのとき生け捕りにされ、ロンドンの動物園へ売られていく貨物船の中でレオを産んだ)。が、鑑定では「ダイヤではない。宝石の値打ちはない」。この石は地球の地殻変動エネルギーの謎を解くカギとなる「月光石」で、世界中の学者が注目していたものだった。ハム・エッグは「石を見つけたのは自分だ」と大ボラを吹いたために、学術調査隊のガイドとして再びアフリカへ行くはめになる。同行した一人娘のメリーは蛮族にさらわれ、自分も「片目のブブ」(獰猛なライオンでレオのライバル。あ、こいつもヴィランだ)に襲われ命を落とす。ニヤニヤ顔は超にくたらしいが、本編では娘の名を呼びながら絶命する悲劇の男。

アセチレン・ランプはブロードウェイの興行師(と名乗るが実はマフィアのボス)で、かつてアフリカで白いライオン・レオに出会ったことがある。ダンディ・アダムのサーカスで「しゃべるライオン」ルネに目をつける。ルネをめぐってアダムと大立ち回りの末、サーカスの象に踏みつぶされ死亡。いかにもプロの悪党らしいキャラ。

ダンディ・アダムはペテン師。他の手塚作品ではお見かけしたことないけど、どうなんでしょ。手下と密航中に偶然ルネと出会い、「しゃべるライオン」ルネを商売道具として大儲けをたくらむ。本編では、彼こそが最もずる賢く、冷酷なヴィランではないかしら。月光石を奪うために殺人も犯すし、ルネをアイドルとして売り出し徹底的に搾取する。最後はアセチレン・ランプとの争いの末死ぬが、実はA国・B国の二重スパイだった。

【ネタバレ注意】『ジャングル大帝』の中の人間(1)ケンイチとメリー

ケンイチはアラビアのアデン(イエメンですな)におじで警察官のヒゲオヤジと暮らしていて、白人の子どもたちが通う学校に行っている。クラスメイトには、メリー、ピエール、アルベルトなどがいる(※このクラスメイト達が、後編のムーン山をめぐる壮大なストーリーにおいて、それぞれ重要なキャストになるとこがすごい)。ある日ケンイチは、難破船から逃れ偶然に浜辺に流れ着いたレオを、メリーたちの狩りごっこから救い出して、自分の家で保護することになった。

メリーはプロのハンター、ハム・エッグの娘で気が強く、弱いものを従わせたいという女王様願望が強い。父親が「月光石」調査隊(別に述べる)のガイドとして雇われたとき、「土人の女王になりたい」と一緒にアフリカに渡って「蛮族」にさらわれた挙句、ほんとうに「土人の女王」になってしまう(女王コンガ)。一方、調査隊に同行してメリーとはぐれたケンイチは、レオや動物たちとターザンのような生活をしつつ、その平和で豊かな川下の土地を狙う女王コンガ=メリーの部族と敵対する立場になっていく。

コンガは部族の人々や虜の動物たちをムチで支配するのだが、愛に飢えているというか、優しさに欠けている。ある日ついにケンイチと、行方不明のケンイチを探しに来たヒゲオヤジを捕らえ、川下への奇襲を敢行する。そのとき、突然ジャングルに寒波が押し寄せ雪が降る。空には不気味な高峰、幻の「ムーン山」の姿が浮かび上がる(これが次の大きなドラマの伏線)。留守集落ではケンイチとヒゲオヤジの機転で、火を焚き人々に温かい衣服を作らせ、コンガの集落は凍死を免れるが、コンガは民や虜のけものたちの反感を買い一瞬にして孤立する。

自棄になるコンガ=メリーに対し、ケンイチが「ぼくがこうしてここにいるのがわからないの?」と、一緒に日本へ帰ることを促す。

幼馴染ながら正反対の性格を持つ二人がこうして結ばれました…という一つのドラマだが、「ジャングルは動物たちのもの」「命は守るべき」「人にも動物にもそれぞれの幸福があるべき」という手塚治虫さんの思いが繰り返し響いてくるんだよなあ。

【ネタバレ注意】『ジャングル大帝』の中の人間(序)

ツイッタでマンガや小説の中身にふれるとネタバレのそしりを受けかねないので、ブログでこそこそ書くことにした。

手塚治虫さんの作品を管理している(株)手塚プロダクションでは、過去作品の復刻や電子書籍の巻末に、「手塚作品の一部には人種差別的な表現があると指摘されるものがあるが、指摘には真摯に耳を傾けつつ、これこれの理由があるのでそれらを改変することなく発表するのである」旨の断り書きを添えている。先日、ツイッタのなんJ世界史部さんがそれを引用し、「人種差別に関する表現が色々言われている今日この頃だからこそ、『手塚治虫漫画全集』の巻末に書かれているメッセージが完璧すぎるので是非多くの人に読んでほしい」と紹介していらして、わたしゃ泣きそうになった。

私が幼少の頃から愛読している『ジャングル大帝』は、「土人」という言葉を用いてアフリカ原住民の人々を描いているために、「人種差別けしからん」とのクレームを受けてきた作品だ。「蛮族」とも書かれていたかな。しかし、作品をちゃんと読めば分かる。登場する人物は、白人も黒人も日本人も、みな等しく面白くて、時に愚かで愛らしく、時に叡智に満ちて人間味豊かに描かれている。

私が思い起こしたいのは、この人物たちのことだ。主人公の白いライオン・レオの友人である日本人ケンイチは心素直な正義漢、ケンイチのおじで警察官のヒゲオヤジは例のキャラ、一方の野生動物を密猟するハム・エッグは悪役らしく描かれている。…でもそれらの人物をステレオタイプで終わらせないのが、この物語の壮大さなんだな。